自殺教唆とは? 自殺に追い込む行為で問われうる罪と刑罰
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川崎市健康福祉局が公表している「川崎市自殺対策の推進に関する報告書(令和3年度版)」によると、令和3年度の川崎市における自殺者数は、204名(厚生労働省人口動態統計)でした。川崎市の自殺死亡率は13.2と、人口10万人当たりの自殺死亡者数は全国の数値16.5よりも低い水準で推移していますが、依然として多くの方が自殺によって亡くなっています。
さまざまな理由を抱えて自殺を選択してしまう方がいますが、自殺自体は犯罪ではありません。しかし、自殺を唆したことによって誰かを自殺に追い込んだ場合には、自殺教唆などの犯罪が成立する可能性があります。
本コラムでは、自殺教唆という犯罪についてベリーベスト法律事務所 川崎オフィスの弁護士がわかりやすく解説します。
1、自殺教唆とは
自殺教唆とはどのような犯罪行為なのでしょうか。以下では、自殺教唆の基本的事項について説明します。
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(1)自殺教唆が処罰される理由
人の生命は本人だけが左右することができるものであり、他人の自殺への関与は、その方の存在を否定して、その生命を侵害するものといえます。そのため、本人が同意をしていても、その同意は無効であり、他人が自殺に関与することは可罰性を有すると考えられています。
このような趣旨から、自殺に関与する罪である自殺教唆が処罰対象となっているのです。 -
(2)自殺教唆の客体
自殺とは、自らの自由な意思に基づいて自己の生命を絶つことをいいます。そのため、自殺教唆罪の客体は、自殺の意味を理解して、自由な意思決定能力を有する方でなければなりません。
意思能力を欠く幼児や心神喪失者の自殺を教唆した場合には、自殺教唆罪ではなく、殺人罪に問われることがあります。 -
(3)自殺教唆の行為
「教える」「唆す(そそのかす)」の文字で表記される「教唆」とは、自殺意思のない方に、故意に自殺意思を生じさせることをいいます。自殺を決意させる方法には、特に限定はありません。たとえば、「死んでほしい」などと執拗にメッセージを送って、被害者本人を自殺に追い込む行為が自殺教唆にあたります。
なお、自殺に関与する犯罪としては、自殺教唆の他にも自殺幇助という犯罪があります。幇助とは、すでに自殺の決意をしている方に対して、その自殺行為を援助して、自殺を容易にさせることをいいます。たとえば、自殺を決意している方に対して自殺の方法を教えたり、その道具を提供したりするなどの行為も自殺幇助にあたります。自殺者の死後に残された家族の面倒をみてあげると助言するなど、自殺を精神的に後押しする行為も自殺幇助に含まれます。 -
(4)自殺教唆罪は未遂でも処罰される
自殺教唆罪は、教唆された本人が自殺を遂げた時点で既遂になります。教唆された本人が自殺行為をしたものの死にきれなかったときには、自殺教唆罪の未遂として処罰されることになります。
教唆された本人が途中で意をひるがえして自殺行為をしなかった場合に自殺教唆罪の未遂が成立するかについては争いがあるところです。本人が自殺行為をしなかったとしても、自殺教唆自体が、客観的に、他人を自殺に駆り立てる危険な行為であると考えた場合には、自殺教唆罪の未遂として処罰される可能性もありますので注意が必要です。 -
(5)自殺教唆罪の法定刑
自殺教唆罪の法定刑は、6か月以上7年以下の懲役または禁錮と規定されています(刑法第202条)。
懲役も禁錮も刑務所に収容され、受刑者の自由を奪う自由刑という点では共通します。しかし、懲役は、刑務所での刑務作業が強制されるのに対して、禁錮は、刑務作業が強制されないという違いがあります。法律上は、有期刑の場合、刑務作業を強制されない禁錮の方が軽い刑であるとされています。
ただし、令和4年6月13日に成立した刑法改正により、懲役刑・禁錮刑は廃止されて「拘禁刑」が新設されました。「拘禁刑」では、刑務作業が義務ではなくなり、再犯防止に向けた矯正教育を実施できることになっています。この改正法は、令和7年6月17日までに施行される予定です。
2、自殺は犯罪ではない?法的性質について
自殺に第三者が関与する行為は、上記のとおり、自殺教唆罪として処罰される可能性があります。では、自殺しようとした本人は、何らかの処罰を受けることになるのでしょうか。
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(1)自殺は犯罪ではない
自殺とは、自らの自由な意思に基づいて自己の生命を絶つことをいいます。自殺をそそのかすなどの行為によって自殺をさせる行為は、自殺教唆罪が成立しますが、自殺行為自体は、犯罪には該当しません。
したがって、自殺をしようとした本人が刑法上、何らかの処罰を受けることはありません。 -
(2)自殺の法的性質
自殺に関与した方を処罰し、自殺をしようとした方は処罰しない理由としては、さまざまな学説が存在します。
- ① 自殺は自己の法益処分であることから違法ではないとする説
- ② 自殺は違法であるが、処罰に値するほどの違法性はないとする説
- ③ 自殺は処罰に値するほどの違法性があるが、責任がないとする説
自殺の法的性質としてどの学説を採用するべきかどうかの議論には立ち入りませんが、いずれの説をとったとしても、自殺が処罰されないという結論には変わりありません。
3、自殺教唆罪以外の刑罰に該当する場合も
自殺をそそのかして、本人を自殺に追い込んだ場合には、自殺教唆以外にも以下のような犯罪が成立する可能性があります。
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(1)脅迫罪
「自殺をしないと殺す」などのメッセージを送る行為は、脅迫罪に該当する可能性があります(刑法第222条1項)。
脅迫とは、生命、身体、自由、名誉または財産に対する害悪の告知をすることをいいます。そして、相手方を畏怖させることができる程度の害悪の告知があった場合には、脅迫にあたります。
上記のメッセージを受け取った方が、自殺に及ばなかったとしても、当該メッセージによって恐怖心を抱いた場合には、脅迫罪が成立する可能性があります。
なお、脅迫罪の法定刑は、2年以下の懲役または30万円以下の罰金と規定されています。 -
(2)強要罪
上記と同様の事案では、強要罪に該当する可能性もあります(刑法第223条1項)。
強要とは、暴行・脅迫を手段として人に義務のない行為をさせ、または行うべき権利を妨害することをいいます。脅迫罪における脅迫と同様に、相手方を畏怖させることができる程度の害悪の告知をして、自殺を強要する行為は、強要罪に該当します。
「自殺しないと殺す」などのメッセージを送った時点で実行の着手があったといえますので、その後、本人が自殺を思いとどまったとしても、強要罪の未遂が成立することになります。
なお、強要罪の法定刑は、3年以下の懲役と規定されています。 -
(3)殺人罪
自殺教唆罪は、自殺をそそのかされた本人が自由な意思決定に基づき自己の生命を絶つという点に特徴があります。そのため、単なる自殺の教唆にとどまらず、本人の意思決定の自由を奪う程度の脅迫が手段として用いられた場合には、自殺教唆ではなく、殺人罪の間接正犯が成立する可能性があります。
間接正犯とは、事情を知らない方や善悪の判断ができない方などを道具のように一方的に支配・利用して、犯罪を実行することをいいます。刑法に規定されている犯罪類型は、原則として、自ら単独で犯罪を行うことを予定したものとなっています。しかし、他人を利用して行った犯罪についても単独犯と評価できるものが存在します。それが間接正犯と呼ばれるものです。
たとえば、親が3歳の子どもに命じてお店から物を盗ませた場合には、責任無能力者である子どもには犯罪は成立しませんが、犯行を指示した親には、窃盗の間接正犯が成立します。
では、3歳の子どもではなく18歳の子どもであった場合はどうでしょうか。18歳という年齢であれば、自ら善悪の判断はできますので、原則として道具として利用したとはいえず、18歳の子どもに窃盗罪が、親に対しては窃盗罪の教唆が成立します。
自殺の場合であっても、元から善悪の判断もつかず、自殺の意味もわかっていない3歳児に対して自殺するようにそそのかしたり、または善悪の判断がつく年齢の人に向けた行為であっても、執拗に暴行や脅迫を行って、自由な判断を行うことができない精神状態に陥らせて自殺に追い込んだりした場合には、もはや教唆の域を超えていますので、殺人罪の間接正犯が成立する可能性があります。
なお、殺人罪の法定刑は、死刑または無期もしくは5年以上の懲役と規定されています。殺人罪の間接正犯であっても、同じ法定刑が適用されます。
4、自殺教唆罪の時効は?
自殺教唆罪に該当する行為をした場合には、何年で時効になるのでしょうか。
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(1)公訴時効とは
犯罪が終了したときから一定期間が経過すると、検察が公訴の提起(いわゆる起訴)をすることができなくなります。これを公訴時効といいます。テレビニュースなど犯罪の時効と呼ばれるものは、この公訴時効のことだと考えてもらえればよいでしょう。
公訴時効が完成した後に検察官が当該犯罪について起訴をしたとしても、裁判所は免訴の判決を言い渡すことになります(刑事訴訟法第337条4号)。 -
(2)自殺教唆罪の公訴時効は何年か?
自殺教唆罪は、人を死亡させた罪であり、法定刑が6か月以上7年以下の懲役または禁錮と定められています。そのため、自殺教唆罪の公訴時効は、10年になります(刑事訴訟法第250条1項3号)。
5、まとめ
自殺をすること自体は犯罪にはあたりませんが、自殺をそそのかして決意させたり、自殺を物理的・精神的に援助したりする行為は、自殺関与罪として処罰の対象となります。SNSなどによる誹謗中傷によって精神的苦痛を受け自殺を選択する方も少なくありません。安易な行動によって人の命を奪うことになりかねませんので、十分に気をつけるようにしましょう。
もし何かのきっかけで友人や知人が自殺をしてしまったという場合には、自殺教唆容疑で逮捕される可能性もあります。逮捕されてしまったという方も、なるべく早くベリーベスト法律事務所 川崎オフィスまでご相談ください。
- この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています