始末書の提出を従業員が拒否するときの対応について弁護士が解説

2024年11月14日
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始末書の提出を従業員が拒否するときの対応について弁護士が解説

令和5年度に神奈川県内の総合労働相談コーナー等に寄せられた労働関係の相談は全7万5619件で、相談で多い内容は12年連続で「いじめ・嫌がらせ」でした。

しかし、中には会社側にとって必要な書類にもかかわらず、提出を拒まれて労働トラブルに発展するケースもあるでしょう。たとえば、仕事をミスした従業員に対して「始末書」を提出させようとしても、従業員が納得していない場合は、提出を拒否されることもあり得ます。

始末書提出を拒否する従業員に対して、会社がどのように対応すべきかは悩ましいところです。少なくとも安易な懲戒解雇などを行うことは避け、対応について弁護士に相談することをおすすめします。

今回は始末書の提出について、強制の可否、拒否する従業員を懲戒解雇することの可否、不当解雇のリスクなどを、ベリーベスト法律事務所 川崎オフィスの弁護士が解説します。

1、始末書とは|提出を強制できるのか?

ミスや問題行動を起こした従業員に対しては、会社が始末書の提出を命ずることがあります。まずは始末書とは何なのか、提出を強制することはできるのかについて、基本的なポイントを確認しておきましょう。

  1. (1)始末書とは

    始末書とは、従業員がミスや問題行動の経緯を説明した上で、それに対する反省や再発防止策などを記載する書面です。会社が従業員のミスや問題行動を戒めるために、始末書の提出を命ずることがあります。

    なお、始末書に似た書面として「顛末書(てんまつしょ)」と呼ばれるものがあります。

    始末書と顛末書の内容には共通する部分が多いですが、始末書は「反省」に焦点を当てた書面であるのに対して、顛末書は「報告」に重心を置く書面である点が異なります。

  2. (2)始末書の提出を義務付けることも可能|ただしあまり意味がない

    以下のいずれかに該当する場合には、会社は従業員に対して、始末書の提出を義務付けることができます。

    ・業務命令として合理的である場合
    今後同じようなミスを繰り返すことを防ぐため、従業員に意識付けをする目的で始末書の提出を求めることは、業務命令として合理的と考えられます。
    この場合、従業員は会社の指示に従って、始末書を提出しなければなりません。

    ・懲戒処分として有効である場合
    会社が従業員に対して「戒告」や「けん責」などの懲戒処分を行う場合、懲戒処分の一環として始末書の提出を義務付けることがあります。
    労働者の行為の性質・態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当な範囲で行われる懲戒処分は有効です(労働契約法第15条参照)。有効な懲戒処分の一環として始末書の提出が命じられる場合、従業員は従わなければなりません。


    ただし、従業員に始末書を提出させる目的は、あくまでも従業員に心からの反省を促し、同じようなミスや問題行動を起こさないように意識付けをすることです。

    始末書の提出を拒否する従業員に対して、「義務だから」と無理やり始末書を提出させても、再発防止の効果はほとんど見込めないでしょう。

    始末書の提出を拒否する従業員に対しては、業務命令や懲戒処分を振りかざすのではなく、別のアプローチを検討する必要があります

2、始末書の提出を拒否する従業員への対応

従業員に始末書の提出を拒否された場合、なぜ拒否するのか理由を聞いた上で、次のアプローチを考えましょう

たとえば「反省」を強制されることに納得がいっていないのであれば、報告書や従業員の見解のまとめなど、反省の色彩を除いた書面を提出させることが考えられます。ミスや問題行動の経緯や原因を直視し、従業員自身の振る舞いを考え直させる点で、始末書の提出と同等の効果が期待できるでしょう。

3、始末書を提出しない従業員は、解雇してもよいのか?

始末書を提出しない従業員については、文字通り「始末に負えない」ものとして解雇したいと考えるケースもあるかと思います。

ただし、始末書の不提出だけを理由に解雇するのは危険です。別の重大な解雇原因がある場合に限り、懲戒解雇に踏み切るのが適当と考えられます。

  1. (1)解雇の種類|懲戒解雇・整理解雇・普通解雇

    解雇には、懲戒解雇・整理解雇・普通解雇の3種類があります。

    • ① 懲戒解雇:就業規則上の懲戒事由に該当することを理由に行われる解雇です。
    • ② 整理解雇:経営難などを理由に行われる解雇です。
    • ③ 普通解雇:懲戒解雇・整理解雇以外の解雇全般を意味します。


    始末書の不提出を理由とする解雇は、上記のうち「懲戒解雇」に当たります

  2. (2)懲戒解雇の要件|始末書を提出しない程度では難しい

    懲戒解雇を適法に行うためには、就業規則上の懲戒事由に該当することのほか、解雇権濫用の法理(労働契約法第16条)に抵触しないことが必要です。

    解雇権濫用の法理によれば、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない解雇は無効となります。懲戒解雇の場合、従業員の行為の性質・態様その他の事情を踏まえて、その適法性が判断されます。

    この点、始末書を提出しないことは、それ自体が会社に重大な損害を与える行為というわけではありません。そのため、始末書の不提出だけを理由に行われる懲戒解雇は、解雇権濫用の法理に抵触して無効となる可能性が高いです。

    ただし、次に紹介する裁判例のように、始末書の不提出以外にも懲戒処分相当の事情がある場合には、懲戒解雇が適法と認められる可能性があります。始末書を提出しない従業員を懲戒解雇する際には、解雇原因として別の事情も併せて主張すべきでしょう。

  3. (3)始末書の提出拒否による解雇等が問題となった裁判例

    始末書の提出を拒否した従業員の雇い止め・解雇が問題となった裁判例を2つ紹介します。

    ① 大阪地裁平成20年10月31日判決
    有期嘱託社員のバス運転手は、乗客のバス利用の方法に批判的な意見をし、法令上の除外事由のない乗客に対して乗車拒否をしました。当該行為につき、バス会社がバス運転手に対して始末書等の提出を命じるとともに、停職30日の懲戒処分を行いました。
    しかし、バス運転手はその後に反省を覆す趣旨の言動をしたため、信頼関係が喪失したものとして、バス会社は雇い止め(期間満了時の契約更新拒絶)を行いました。

    大阪地裁は、すでに契約が2度更新されていることや、バス会社における正社員登用の実績などを考慮して、雇い止めの有効性は解雇権濫用の法理を類推適用して判断すべきとしました。
    その上で、バス運転手の行為は道路運送法違反に該当し、バス会社が行政処分を受ければ事業遂行に重大な支障が生じ得ることや、始末書の不提出を含むその後の言動は、バス会社との信頼関係を喪失させるに足るものであったと認定しました。

    結論として、大阪地裁は雇い止めを適法と判示し、バス運転手の請求を退けました。


    ② 東京地裁平成23年10月31日判決
    食品・化粧品の製造販売を行う会社の従業員が、配置転換命令に従わずに従前の業務を継続したため、会社は3度にわたりけん責処分を行いました。

    各けん責処分時には始末書の提出が命じられましたが、従業員はいずれも拒否しました。3度目のけん責処分を経てもなお、従業員が従前の業務を行おうとしたため、会社は従業員に対して懲戒解雇処分を行いました。

    東京地裁は、会社の指示に従わない明白な志向が現れていることや、従業員の行為によって会社の業務が混乱したと認められることなどを理由に、懲戒解雇を適法と判示しました。


    いずれの裁判例でも解雇等の適法性が認められていますが、単に始末書を提出しなかったことだけでなく、その前後の言動の悪質性を総合的に考慮して判断がなされています

4、不当解雇した場合のリスク|どうしても辞めさせたいときは?

解雇権濫用の法理に抵触する不当解雇は無効であり、従業員から解雇無効を主張された場合、会社は復職を認めざるを得ません。

また、解雇期間中に従業員が就労できなかったのは会社の責任であるため、給料全額を支払う必要も生じます(民法第536条第2項)。

始末書の提出を拒否されたという理由だけで懲戒解雇を行うと、不当解雇と判断される可能性が高いです。少なくとも、段階的に改善指導や懲戒処分を行うなど、解雇を避けるための努力を尽くす必要があるでしょう。

従業員にどうしても辞めてもらいたい場合は、解雇ではなく退職勧奨を行うことをおすすめします。退職金等を提示して合意退職を成立させれば、不当解雇に関するトラブルは避けられます。

解雇の適法性は判断が難しい上に、解雇を決行すると労使紛争に突入するリスクがきわめて高くなります。そのため、従業員を解雇しようとする場合には、事前に弁護士へご相談ください

5、まとめ

従業員に始末書の提出を拒否された場合、まずは拒否する理由を聞いた上で、別の改善指導のアプローチを検討するのがよいでしょう。安易に懲戒解雇に踏み切ると、深刻な労使トラブルが発生するリスクがあるため、解雇を検討する場合は、事前に弁護士へ相談することをおすすめします。

ベリーベスト法律事務所 川崎オフィスでは、人事労務に関する企業のご相談を随時受け付けております。懲戒処分の適法性や、問題社員への対応などについても、状況に合わせてアドバイスいたします。

従業員に関係するトラブルにお悩みの企業経営者・担当者の方は、お早めにベリーベスト法律事務所へご相談ください。

  • この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています