通勤手当の不正受給で解雇できる? よくある不正のケースと防止策とは

2020年12月24日
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通勤手当の不正受給で解雇できる? よくある不正のケースと防止策とは

新型コロナウイルスの感染を防ぐため、電車を避けて自転車や車で通勤する方が増えています。

しかし、会社には電車やバスで通うと申告して「通勤手当」を受け取っているのに自転車で通勤している場合には不正受給にあたり、処分の対象です。

神奈川県でも平成31年2月、県職員がバス通勤と申告しながら自家用車で通勤し、差額を不正に受給していたとして減給1か月の懲戒処分となりました。

では実際に不正が発覚した場合、会社はどのように対処すればいいのでしょうか?そもそも不正防止策はあるのでしょうか?

1、通勤手当の不正受給でよくある4つのケース

通勤手当の支給は法律で義務付けられたものではありませんが、日本では多くの企業が導入しています。ところが一定額は非課税ということもあり、社員が会社に内緒で交通費を節約して、差額を懐に入れる事例は少なくありません。その手法は主に次の4つです。

  1. (1)公共交通機関の利用を申告し、実際には徒歩やマイカー

    不正受給で多いのが、電車などの公共交通機関で通うと申告しながら、徒歩や自転車、マイカーなどを利用し、交通費を浮かせるケースです。

    自宅から駅までマイカーで行く、会社まで一駅分歩くなど、経路の途中を変える事例もあります。

    これには「少しでも節約したい」「駐輪場代やガソリン代がかかっても電車の定期代に比べて安い」「バスの本数が少ない」など、さまざまな理由があります。

    用事があってたまたま違う駅で降りた程度であれば問題にはならないでしょう。しかし、常習になれば不正受給です。

  2. (2)申告した住所と違う場所に住んでいる

    通勤手当を受け取るためには、会社に現住所や通勤方法を申告する必要があります。

    ところが引っ越しをして会社までの距離が近くなったのに報告せず、古い住所から会社までのより高額な通勤手当を受け取り続けると、不正受給となります。

    また会社から近い交際相手の家に同棲しているケースも、住民票は移していなくても実際にはそこから通っているため、不正受給に該当する可能性があります。

  3. (3)申請とは違う路線で通勤

    JRか私鉄かなど、利用する路線によって料金は異なります。

    通勤ルートは「最短」「最安」などの基準で会社が決めることもあれば、従業員の自己申告ということもあります。早いけれど高い、乗り換えが多いけれど安い、という経路もあるでしょう。

    そこで会社が定めた、または会社に申告したものとは違う安い路線を利用し交通費を節約する方も少なくありません。これも不正受給です。

  4. (4)虚偽申告、住民票の偽造

    通勤手当の不正受給の多くは「ちょっとした出来心」とみられますが、中には計画的に行う悪質な事例もあります。

    「より遠方の親族の家に住民票を移す」「住民票を偽造する」などといった手口です。

    手の込んだものは会社にバレにくく、不正が長期間に渡ったり、高額になったりすることもあります。

2、通勤手当の不正受給が発覚した場合の対処方法・処罰

通勤手当の不正受給は会社を欺く行為で、会社に不利益をもたらたすものです。発覚した場合にはしっかりと対処し、場合によっては重い処罰をする必要があります。対処や処罰の方法としては、次のようなものが考えられます。

  1. (1)社員を注意

    不正受給の期間が短い、少額、住所変更をし忘れた単純ミス、といった場合は、まずは社員に直接注意して不正をやめさせましょう。

    多くの場合、社員は「不正をしている」「就業規則に違反している」といった認識がありません。

    そのため過度な制裁は加えず、厳重注意して申請通りの経路で通勤させるか、ルートを変更して支給額を見直させましょう。
    指導しても改善しない場合は、厳正に対処する必要があります。

  2. (2)不正受給分の返還を求める

    通勤手当の不正受給は「不当利得」にあたり、従業員に返還義務があります(民法703条)。
    不正が発覚したら、これに基づき全額の返還を求めましょう。

    不当利得返還請求の時効は原則10年ですので、不正が始まった当時までさかのぼって請求が可能です。

    まずは従業員に聞き取りをし、実際の通勤ルートや不正が始まった時期を確認して不正受給額を確定し、全額の返還を求めましょう。
    社員が返還に応じない場合には法的手段も検討してください。

  3. (3)懲戒処分

    不正受給額が高額であったり、度重なる注意にも不正をやめなかったり、手口が悪質な場合には、懲戒処分も視野に入れましょう。

    一般的には不正の内容に応じて、減給や停職が適用されることになります。

    「懲戒解雇」は懲戒処分の中でも最も重いため、適用するかどうかは慎重に検討する必要があります。

    不正が軽微であるにもかかわらず、いきなり懲戒解雇にした場合、不当な処分として解雇無効の裁判を起こされる可能性があります。

    なお懲戒処分にする場合は、就業規則などに根拠となる規定が必要です。

  4. (4)詐欺・横領で告訴

    不正受給が故意で高額であったり、住民票を偽造していたり、不正分を返還しないまま連絡が取れなくなったりした場合には、詐欺罪や横領罪での告訴を考えましょう。

    警察が捜査し、容疑が固まれば逮捕や書類送検されます。

3、通勤手当の不正受給における労災上の問題は?

通勤途中に交通事故に遭うと、通常は労災保険上の「通勤災害」として手当が支給されます。では申告とは違う方法で通勤していた際に事故に遭った場合はどうなるのでしょうか?

  1. (1)合理的な経路・方法であれば支給される

    一般的に自宅から就業場所までの往復や、会社から営業先までの移動の途中で事故に遭った場合に、交通手段を問わず通勤災害として補償が受けられます(労災保険法第7条2)。

    これには「会社が定めたルートの場合」「通勤手当の対象の場合のみ」などの制限がありません。

    つまり会社に申請している交通手段と違っても、不正受給をしていても、合理的な経路・方法であれば補償対象なのです。

  2. (2)寄り道での事故は支給対象外

    仕事の後にプライベートで映画を見に行くなど、合理的な通勤経路から外れて寄り道をし、そこで事故に遭った場合には、不正受給の有無にかかわらず補償対象外です。

    ただしコンビニで夕食を買うなど、生活に必要な範囲の行動であれば通勤の一環と認められます。

4、通勤手当の不正受給を防ぐ方法は?

通勤手当の不正受給は「みんなやっている」「バレないだろう」と安易に行う方が少なくありません。社員が不正をしないようにするためには、会社側の対策が大事です。まずは次のような対策をしましょう。

  1. (1)就業規則で支給基準や不正への罰則を規定

    通勤手当はどの会社も必ず支給しなければいけないものではありません。
    支給する場合には、就業規則などに支給基準や方法を定めておく必要があります。

    この支給基準があいまいだと、社員に違反の口実を与えます。
    たとえば「自宅から会社までの合理的な経路」「直線距離で2キロ以上の場合に支給」「限度額は月5万円」などと、基準を明確にしておきましょう。

    また不正受給が発覚した場合の対応についても「全額の返還を求める」「懲戒処分とする」など規定しておきましょう。

  2. (2)申請経路をチェック

    社員からの通勤経路の申請を受ける場合には、金額に間違いがないか、合理的な経路かどうかを人事部側でチェックしましょう。

    より高額な通勤手当を受け取るために、遠回りで一番高いルートを申告しながら、実際には一番安いルートで通勤している可能性はあります。

    社員の申告をうのみにするのではなく、自宅と会社のルートを調べて、合理的な経路であるのか、また金額に間違いがないか調べましょう。

  3. (3)証拠の提出を求める

    申告ルートで本当に通勤しているかを確かめるために、定期券のコピーや定期券を購入した際の領収書の提出を求めるのも効果的です。

    抜き打ちで定期券の現物をチェックするという方法もあります。

  4. (4)不正受給は悪だと周知徹底

    不正受給が起こる最大の原因は、従業員に「悪いことをしている」という意識が低い、またはないことです。

    そこで研修や朝礼などの際に、「不正受給は絶対にしてはいけない」「発覚した場合には厳正に対処する」といったことをしっかりと伝え、不正受給の問題の大きさを従業員に説明しましょう。

    一人が不正をしていると、それを知った別の社員がマネをする可能性もあります。
    不正が生まれやすい土壌にしないために、社内規定を周知徹底し、不正を許さない姿勢を示して社員の気持ちを引き締めましょう。

5、まとめ

不正受給は会社に損害を与える行為であり、犯罪行為にも該当します。不正が広がれば会社全体のモラルの低下につながるほか、社外から「社員教育が行き届いていない会社」と思われるおそれもあります。
ベリーベスト法律事務所 川崎オフィスでは、社員の不正を防ぐための社内規定の策定や見直しをサポートしております。弁護士が企業の事情に合わせて最適なご提案をいたしますので、どうぞお気軽にご相談ください。

  • この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています