従業員から残業代請求されたら確認すべき5つのポイントと対処方法
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平成30年9月、神奈川県中郡二宮町が過去30年以上にわたり職員に適正な残業代を支払っていなかったことが明らかになりました。本件は職員給与に関する条例違反であり、二宮町は職員に2年分の未払い額3990万円を支払ったうえで、町長らが減給処分となったと報道されました。
払っていたつもりが気づかぬうちに未払いの残業代が発生しており、その違法性が認められた場合に、会社側が受ける損失は決して軽くありません。
多くの場合、残業代の未払いは従業員からの請求により発覚します。
そこで本記事では、従業員から残業代を請求されたら、会社が確認すべき5つのポイントと対処方法について、ベリーベスト法律事務所 川崎オフィスの弁護士が解説します。
1、残業代の支払いは会社の義務
労働基準法第32条では、労働時間は原則として1日あたり8時間、1週間あたり40時間を超えてはならないと規定されています。これを「法定労働時間」といいます。
しかし、業務の繁忙などやむを得ない事情から、労働基準法第36条に基づく「企業と労働組合または労働者の代表との間において残業や休日労働に関する理由などを定めた協定(いわゆるサブロク協定)」が締結されていることを前提に、会社は従業員に法定労働時間を超過した残業を命じることができます。従業員に残業を命じた会社には、労働基準法第37条の規定により所定の割増賃金を従業員に対して支払うことが罰則付きで義務付けられています。これが一般的に「残業代」と呼ばれるものです。
残業代には大きく分けて以下の3つがあり、割増率はそれぞれ異なります。
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(1)法定内残業
会社によっては、就業規則や雇用契約で法定労働時間よりも短く所定労働時間を定めていることがあります。
仮に所定労働時間が7時間と定められているのにもかかわらず、労働時間が8時間となった場合は、差分の1時間は法定内残業として会社には残業代を支払う義務が生じます。この場合の残業代は基礎賃金と同額であり、割り増しはありません。 -
(2)法定外残業
法定労働時間である8時間を超える労働を「法定外残業」といいます。法定外残業に対する割増率は25%です。
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(3)深夜労働
従業員が午後10時から午前5時までの時間帯に勤務した場合、これを深夜労働といいます。深夜労働に対する割増率も25%です。
2、未払いの残業代が発生した場合のリスクについて
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(1)法的リスク
残業代の未払いについて従業員から労働調停や労働審判、さらには裁判を起こされると、それに対応するための人件費や弁護士費用などのコストが発生します。
この結果、従業員との和解または判決により残業代の支払いが確定したとしても、支払う金額は未払い残業代だけでは収まらないことも想定されます。
主に、以下のような付加金等を支払わなければならない可能性があります。
- 未払い残業代の倍額の支払い(労働基準法第114条)
- 従業員が在職中であれば、未払い残業代に対して年5%(民事法定率)・年6%(商事法定率)の遅延損害金(旧民法第404条および旧商法514条) ※なお民法改正により、2020年4月1日以降に発生した未払い残業代の遅延損害金は、3%となります(新民法404条2項)。
- 従業員が退職済みであれば、未払い残業代に対して年率最大14.6%の遅延利息(賃金の支払の確保等に関する法律第6条)
ただし、遅延損害金や遅延利息は、労働調停や労働審判あるいは和解においては、決着させる落としどころのひとつとして請求されないケースが多い傾向があります。したがって、裁判において確定判決が出た場合のみ上乗せで支払う必要があるお金であるといえるでしょう。なお、裁判になれば報道されてしまう可能性が高まります。従業員に対する支払いだけでは済まされないケースは少なくありません。
また、労働基準監督署から会社の残業代の未払いについて違法行為が明確に認められ、労働基準監督署による指導や是正勧告にも従わないなど悪質と判断されてしまうケースがあります。その場合、労働基準法第119条第1項の規定により法人としての会社または管理監督の任にある経営者個人あるいは両方に対して、「6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金」が科されることになります。 -
(2)風評リスク
未払い残業代をめぐるような民事訴訟は、民事訴訟法第91条の規定により企業名や訴訟内容などが公開されます。また、残業代の未払いの事実が認められたことにより労働基準監督署によって会社が送検された場合は、地域の労働局により「労働基準関係法令違反に係る公表事案」として会社名や事案概要が公表されます。
インターネットやSNSによる情報の拡散は早く、さらに事実に対して尾ひれが付く可能性は否定できません。これによってブラック企業や反社会的企業のレッテルを貼られた結果、新たな従業員の採用が難しくなったり、そのような会社との取引を禁止している先からは取引を打ち切られたりすることも考えられます。最悪の場合、会社の事業そのものが立ち行かなくなる可能性もあるでしょう。あらかじめ弁護士に相談した上で、このような事態に陥らないよう、対策しておくことをおすすめします。
3、残業代を請求されたときに確認すべき5つのポイント
従業員に未払い残業代の支払いを請求されたとしても、それが法的に合理的なものでなければ応じる必要はありません。
まずは、以下の点について確認しましょう。
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(1)時効は成立していないか?
従業員が会社に対して残業代の支払いを請求する権利は、労働基準法第115条の規定により給料支払日の翌日から2年で時効となり消滅します。
ただし、時効は従業員から残業代の支払いを求める「催告」を内容証明郵便で送付されると、6か月間延期されます。そして会社に内容証明郵便が送達されてから6ヶか月以内に従業員が訴訟を提起すると、時効は中断してしまいます。(民法改正により、時効の中断は「更新」、停止は「完成猶予」にそれぞれ名称が変更されました。)
なお、令和2年4月1日に施行された民法改正により、残業代請求の時効期間は2年から3年に延長されました。3年の時効期間が適用されるのは、令和2年4月1日以降に発生した賃金債権である点に注意が必要です。
しかし3年に延長されたのもあくまで暫定的な措置のため、今後は時効期間が5年に変更される見込みです。今後の動向が注目されます。 -
(2)従業員は管理監督者にあたるか?
労働基準法第41条第2項では、会社はいわゆる管理監督者に対して残業代を支払わなくてもよいと規定しています。労働基準法や厚生労働省の見解によりますと、ここでいう管理監督者には以下のような立場の従業員が該当します。
- 会社の重要な意思決定に関与していること。
- 人事権があること。
- 労働時間を従業員自身で決める権限を与えられていること(労働協約による合意や労働基準監督所へ届け出済みなどの要件あり)。
- 他の従業員と比較して、高い給料をもらっていること。
上記に該当せず、担当部長や担当課長のような役職名だけを付けている「名ばかり管理職」は、残業代を支払わねばならない対象となる可能性が高くなります。さらに、管理監督者に該当しても深夜労働に対する割増賃金は支払う義務がありますのでご注意ください。
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(3)証拠はあるか?
従業員が会社に残業代を請求するためには、残業をしていたという事実と残業代が支払われていない時間を主張するための証拠が必要です。この証拠がなければ、従業員からの残業代請求を認める必要はありません。
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(4)証拠に基づく残業時間は適切か?
従業員は残業した事実と実際に残業した時間を証明する証拠として、タイムカード・パソコンのログイン記録・会社のパソコンから送信したEメール・業務日誌・勤務シフト表などを提示してくると考えられます。従業員が自ら記した勤務時間の記録が証拠と認められるケースも少なくありません。
これらの証拠から実際に残業した時間と本来支払われるべき残業代を計算し、実際に支払われていた残業代との差額を会社に請求してくるでしょう。しかし、いくら出退勤時間が明確であっても、勤務時間内に法定休憩時間を越えた私用外出や度を越えたタバコ休憩などの職場離脱行為が認められる場合は、その時間に相当する残業代を支払う必要はないと考えられます。
管理面から難しいこともありますが、のちのちの紛争対策として就業時間中における従業員の行動については記録を取っておくことが望ましいでしょう。 -
(5)残業を禁止していたか?
以下のような要件のもとで会社や上司が明確に残業を禁止していれば、従業員が残業していたとしても会社都合の残業とは認められません。
- 客観的に残業が必要ない程度の仕事量であること
- たとえ時間内に終わらない仕事量だとしても、上司や他の従業員に引き継いだうえで定時に退社可能な体制があること。
使用者側で、明らかに従業員が勝手に残業していたといえる状況だったことを証明できれば、残業代を支払う必要はないと考えられます。
4、従業員から残業代を請求された場合の対処方法
以下のステップを踏まえたうえで会社に落ち度があったと認められる場合は、すみやかに未払い残業代を支払うことで問題の解決を図るべきでしょう。もちろん、残業代の支払い逃れを行うことはおすすめできません。
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(1)会社の体制不備を調査する
「残業代が適性に支払われていない」など、従業員から不満の声があがった場合は、会社の内部管理体制および労務管理体制における不備の有無について確認しましょう。これに不備があった場合は会社の違法性を疑われることもあります。すみやかに是正しましょう。
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(2)従業員と対話する
残業代の支払いを求める従業員の主張は、就業規則や労働関連法令に照らすと的外れな場合もあります。まずは従業員の主張をよく聞き、就業規則や労働関連法令および会社が把握している事実から明らかに不当な点があれば、その旨をしっかりと主張してください。
もし従業員から会社が把握している勤怠記録などの開示を求められた場合は、労働審判や裁判などに移行した際に「会社は誠実に対応した」という客観的事実を残すため、できるかぎり応じたほうがよいでしょう。 -
(3)残業代請求に関する労働審判の請求や内容証明が届いたら?
この時点で、従業員は会社と争う意思があるとみてよいでしょう。もし従業員の代理人である弁護士から届いた場合は、会社だけで動くべきではありません。対等な交渉をするためにも、会社も同様に弁護士に依頼することを強くおすすめします。
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(4)労働基準監督署から指導・監督が入ったら?
会社や経営者が労働関係法令を遵守しているかについて監督している労働基準監督署は、残業代の未払いなど法令違反がある会社や使用者に対して逮捕・送検・告訴などを行う権限を有しています。
もし従業員の訴えにもとづき労働基準監督署が指導・監督に入った場合は、誠実に対応する必要があります。間違っても無視したり、虚偽の事実を申述したりしてはいけません。より不利な状況へ陥る可能性が高まってしまいます。
5、まとめ
これまで述べたとおり、残業代の支払いは会社の義務です。残業代の未払いは社会問題化しており、これに対する当局や司法の目は厳しくなりつつあります。これは決して軽く考えるべきではなく、慎重かつ誠実に対応する必要があります。そして、この問題は会社単独で取り組むべきものではありません。
もし従業員から未払いの残業代を請求されたら、すぐに弁護士に相談してください。未払い残業代など労働問題の解決に向けた従業員との交渉や裁判などの対応に実績豊富な弁護士であれば、会社側の勝訴判例などに基づいた的確なアドバイスと対策を行えます。もちろん、会社の代理人としての役割を担うことも可能です。まずはベリーベスト法律事務所 川崎オフィスまで、お気軽にご連絡ください。
- この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています