経歴詐称を理由に解雇することはできる? 事前に見抜く方法は?
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平成23年、川崎市のお隣である横浜市で、市立高校の副校長が学歴を偽り、さらに教員免許もないのに数学の授業を受け持っていたとして、停職6ヶ月の懲戒処分になりました。
企業の選考において、どうしてもその企業に入りたいがために候補者が経歴を詐称してしまったり、企業側も嘘の経歴を見抜けずにそのまま採用してしまうといったケースは少なくありません。
では採用後に経歴詐称が発覚した場合、解雇することはできるのでしょうか。事前に経歴詐称を見抜く方法も含め、弁護士がわかりやすく解説します。
1、よくある経歴詐称の内容とは
求人への応募者の実務経験や能力を正確に測るには、応募者に履歴書や職務経歴書を正しく書いてもらうことが不可欠です。経歴詐称があると、応募者が自社で働くのにふさわしい人物かどうかがわからなくなってしまうからです。
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(1)経歴詐称とは
経歴詐称とは、求人応募の際に履歴書の学歴や職歴、面接時の受け答えの内容を偽ることを指します。また、学歴や職歴などの一部を申告しないことも経歴詐称に含みます。たとえば、実務経験がないのに実務経験が豊富であるように見せかけたり、アルバイト歴があるのにわざと書かなかったりすることがあげられます。
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(2)学歴や資格に関する詐称
経歴詐称でよく見られるのは、学歴や資格に関する詐称です。高卒なのに大卒のように見せかけたり、弁護士や司法書士のように、資格が必要な仕事なのに資格を持っていなかったりすることがこれに該当します。学歴の場合、低い学歴を高く偽るのはもちろん、高い学歴を低く偽ることも学歴詐称になりますので注意が必要です。
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(3)職歴に関する詐称
特に中途採用の場合、職歴は非常に重視される要素のひとつです。求められている業界での職務経験がない、実務経験年数が足りないなどの場合に、企業側の期待する働きができなくなる可能性があります。ただし、「実務経験」の意味が応募者側と採用企業側で異なっている場合があり、「詐称」と言えるかどうかは難しいこともありますので、面接時などに念入りに確認をする必要があるでしょう。
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(4)犯罪歴に関する詐称
犯罪歴は誰でも隠したくなるものですが、面接時などに企業側に伝えないことで、後からインターネットでその従業員の犯罪を報じる記事が見つかって、大問題になることがあります。重大な犯罪であれば話は別ですが、逮捕されたが送検される前に釈放された、起訴されたが執行猶予付きの判決を得た、といった場合、それがどれくらい前の話なのか、これまでの勤務態度や業績はどうだったかなどを比較考量して対応を検討すべきでしょう。
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(5)病歴に関する詐称
学歴や職歴だけでなく、病歴に関して正直に申告しないことも後から問題になることがあります。たとえば、過去にうつ病を患ったことのある応募者が、それを隠して履歴書の健康状態の欄に「良好」と書いていた場合、実際に勤務が開始したのちに何らかのきっかけでうつが再発し、休職せざるを得ない状態になることも考えられます。ただ、一度入社してしばらくは通常通り勤務できていた場合、解雇するのは難しくなるでしょう。
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(6)経歴詐称の法的問題
経歴詐称は、以下のような法的な問題にもなり得ます。
①軽犯罪法違反
修士号・博士号などの学位や、医師や弁護士など法令で定められた称号などを偽って相手をだました場合は、軽犯罪法違反が成立します。軽犯罪法違反と認められると、拘留または科料に処せられる可能性があります。
②詐欺罪
経歴を偽ったり、必要な資格がないのに資格があるとして給与を受け取っていた場合は詐欺罪となり、10年以下の懲役になる可能性があります。過去の判例では、医師免許がないのに医師免許を保持しているように見せかけて病院で医師として採用され、診療を行った者に対し、裁判所は詐欺罪が成立すると認めました(東京高等裁判所昭和59年10月29日判決)。
2、経歴詐称が発覚しても簡単に解雇できない
応募者が実際に入社した後に,お応募者の経歴詐称が発覚したら、「解雇」の2文字が頭をよぎるかもしれません。しかし、日本の法律では、アルバイトやパート含め一度採用した社員はそう簡単に解雇できないのです。
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(1)解雇するには重大な理由が必要
経歴詐称を理由に解雇するには、重大な理由が必要です。その「重大な理由」とは、以下のような場合を指します。
- 事前に経歴詐称が判明していれば、採用しなかったであろうと言える場合
- 経歴詐称がわかっていれば、同一条件では雇用契約を結ばなかった場合
解雇には、経歴詐称が会社の判断を誤らせる上に、会社と社員との信頼関係が破壊するほどの重大なものであることが必要なのです。
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(2)解雇できないケース
逆に、経歴詐称していても会社側が解雇できないケースがあります。それが以下のような場合です。
- 業務とは直接関係のない資格などについて詐称していた場合
- 採用にあたり学歴や経歴を重視していない場合
- 面接時に面接官が応募者に経歴や資格などについて確認していない場合
この他、経歴詐称していても特に問題なく長期間勤続していた場合に、解雇を認めるかどうかは、判例により判断が分かれていますので、ケースバイケースであると言えるでしょう。
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(3)懲戒解雇するには就業規則に規定があることが大前提
経歴詐称により解雇できるのは、就業規則で経歴詐称が懲戒解雇事由である旨が規定されていることが大前提です。経営者や役員がいくら経歴詐称を許せず懲戒解雇したいと考えていても、就業規則に規定がなければ懲戒解雇はできないのです。さらに、従業員に十分な弁明の機会を与えること、懲戒解雇に客観的合理性・社会的相当性があることが求められます。
3、経歴詐称でできるのは普通解雇?懲戒解雇?
労働者に経歴詐称が発覚したときは、事情聴取をした上で処遇を判断することになります。解雇するときは、懲戒解雇になるのでしょうか。それとも一般解雇になるのでしょうか。
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(1)普通解雇とは
普通解雇とは、会社側が一方的に従業員との労働契約を解約することを指します。普通解雇が認められるためには、客観的に合理的な理由や、解雇が社会通念上相当であることが必要です。普通解雇の場合は、解雇予定日の30日以上前の予告もしくは解雇予定日まで30日もない場合は、残日数分の解雇予告手当の支給が必要です。
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(2)懲戒解雇とは
懲戒解雇とは、従業員が企業秩序を乱すような重大な背任行為を行った際に、懲戒処分として行われる解雇のことを指します。懲戒解雇は、解雇事由とともにあらかじめ就業規則に懲戒解雇の規定が盛り込まれていなければ実行することはできません。解雇前には従業員に弁明の機会を与えることが必要になりますが、解雇予告は不要となります。
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(3)自主退職扱いにすることも
解雇だけでなく、本人から事情を聴いた上で自主的に退職する意向があるかを確認し、退職の意向がある場合は退職届を提出してもらって自主退職扱いにすることもあります。
4、経歴詐称を認容するリスク
「経歴詐称したことは問題だが、社員をそのまま雇用し続けたい」という会社も少なからずあるでしょう。しかし、経歴詐称した社員をそのまま会社に在籍させておくことでさまざまなリスクが生じます。
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(1)社内の秩序が維持できなくなる
会社の上層部が許せば、経歴詐称というルール違反をしても社員をそのまま雇用し続けることもできます。しかし、それが会社全体に知れ渡ってしまうと、そのことをよく思わない社員や反発する社員も出てきます。そうすると、企業秩序が保たれなくなり、企業の規模が大きければ大きいほど統率がとりづらくなるので業務にも支障が出かねないでしょう。
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(2)コンプライアンスの観点でも問題
また、ルール違反をした社員を雇用し続けることは、コンプライアンスの観点からも問題視される可能性があります。経歴詐称により能力が不十分で社外の取引先に迷惑をかけてしまったら、場合によっては企業の信用力やブランドイメージの低下も避けられなくなるでしょう。企業の規模が大きいほど、そのダメージもより大きくなるかもしれません。
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(3)入社前の確認が必要
以上のようなリスクを回避するためには、入社前に経歴詐称をしていないかどうか確認することが非常に重要です。内定を出した後に内定を取り消しすれば不当解雇の問題にもなりかねないので、できる限り内定を出す前に調査を行って確認するようにしましょう。
5、経歴詐称を事前に見抜くためには?
しかし、経歴はあくまでも応募者が自らの良心に従って申告するものなので、企業側が応募から内定の間に経歴詐称の有無を見抜くことはそう簡単ではないでしょう。しかし、経歴を確認する方法はいくつかあります。
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(1)卒業証明書や資格証明書を提出させる
学歴や資格の有無が採用に当たって重要になる場合は、大学や大学院など最終学歴にあたる学校の卒業証明書や資格証明書の提出を求めましょう。そうすれば、学歴や資格の詐称がある程度は未然に防止できるはずです。
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(2)雇用保険被保険者証や源泉徴収票を入手する
応募者の前職の職歴を確かめたい場合は、雇用保険被保険者証や源泉徴収票を確認します。これらの書類は入社時に社会保険などの手続きに必要になるものですが、これらの書類と履歴書・職務経歴書を突き合わせて相違ないかどうかをチェックしましょう。源泉徴収票を入手することで、前職の年収の詐称を防ぐこともできます。
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(3)面接で徹底的にヒアリングする
履歴書を一読して疑問に思った点は、面接時に徹底的にヒアリングしましょう。履歴書の空白期間があれば、空白期間があるのはなぜか、その間は何をしていたのか、また今までの職務経歴の中でどのような経験をしてきたのかを詳細に聞くことで、経歴詐称がないかどうかを確認することができます。また、雇用のミスマッチの防止にもつながるでしょう。
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(4)雇用契約書に経歴詐称があった場合について明記しておく
さらに、雇用契約書(労働契約書)を作成する際に、「履歴書や職務経歴書の内容に偽りがあった場合は懲戒処分を行う」といった内容を入れておきます。処分内容についても明記しておくとよいでしょう。そうすることで、労使間の合意があったことの証拠にもなるからです。
6、まとめ
「かわいがっていた部下が職歴や学歴を偽っていた」「何年も前に逮捕歴があった」などが発覚すると、非常にショックで裏切られた気分になると思います。経歴詐称がわかるとクビにするしかないと考えるかもしれませんが、判例でも懲戒解雇が認められるケース・認められないケースの判断が分かれているため、本当に解雇できるかどうかは個別具体的に見ていくことが必要です。
ベリーベスト法律事務所 川崎オフィスでは、経歴詐称をした従業員の解雇についてお悩みの企業経営者や人事部・総務部の方のご相談を承っております。企業法務の経験豊富な弁護士がご相談に応じておりますので、お気軽にご相談ください。
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