保険証の偽造が発覚して逮捕されてしまった! どのような罪になる?
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保険証は、医療機関を受診する際に提出するだけではなく、身分証明書としての役割もあります。
たとえば、多額の借金でお金を借りることが難しくなった場合や、不正に入手したチケットの身分証確認対策のために、保険証を偽造するというケースは少なくありません。
では、保険証を偽造するとどのような罪に問われるのでしょうか。ベリーベスト法律事務所 川崎オフィスの弁護士が解説します。
1、保険証と公文書について
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(1)保険証は公文書にあたる
健康保険証(健康保険被保険者証)は、自治体あるいは健康保険組合で発行されるカードであり、個人情報を含んだ公文書の一種にあたります。
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(2)公文書とは
公文書とは、国や地方公共団体で働く公務員が、職務上作成する文書のことです。行政機関の中で作成される資料や通知書、会議の議事録、広報誌など文章が書かれた印刷物が公文書に該当します。それだけでなく、私たちが普段手にする運転免許証や健康保険証、パスポート、住民票、戸籍謄本、印鑑証明書なども公文書にあたります。
2、保険証の偽造はどんな罪に問われる?
では、保険証をはじめとする公文書を偽造すると、どのような罪に問われるのでしょうか。文書を偽造すると、大まかに言えば「文書偽造の罪(刑法第17章)」が成立します。公文書を偽造すると公文書偽造罪となりますが、その他にもさまざまな罪が成立する可能性があります。では、具体的にどのような罪に問われる可能性があるのでしょうか。また、量刑はどれくらいになるのでしょうか。
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(1)公文書偽造罪
保険証は公文書にあたるため、偽造すれば公文書偽造罪(刑法第155条)となります。偽造とは、正当な権限もないのに他人名義の公文書を作成することです。その文書を他人が確認したときに適正に作成されたように見えるものであれば、公文書偽造罪が成立します。また、この文書の名義は実在する人物である必要はなく、架空の人物であってもその人物があたかも存在するかのように見えれば公文書偽造罪となります。
また、この文書が原本であるかコピーであるかどうかも関係ありません。過去の判例では、最高裁が「写しに原本と同様の社会的機能と信頼性が認められるのであれば、原本が存在するかのようにコピーを改ざんしたものを提示して人をだました場合には、公文書偽造罪が成立する」と判断しています。
平成8年の裁判例でも、自分の免許証に他人の免許証のコピーから氏名を切り抜いたものを貼って、イメージスキャナーを通してディスプレイに表示した事案が公文書偽造にあたると判断されました(大阪地判平8・7・8判タ960号293頁)。
公文書偽造罪は、3年以下の懲役または20万円以下の罰金に処せられます。また、運転免許を持っていないのに運転免許証を偽造して携帯し運転していた場合は、無免許運転の罪にも問われる可能性があります。 -
(2)有印公文書偽造罪
公文書偽造罪に似た犯罪のひとつにあげられるのが、有印公文書偽造罪です。有印公文書偽造罪とは、公務所や公務員の署名や印章を勝手に使って役所や公務員の作成する文書を偽造する行為のことを指します。また、偽造した役所または公務員の署名や印章を使って役所や公務員の作成する文書を偽造する行為も有印公文書偽造罪にあたります。
ここでいう「印章」とは、印鑑のことでなく印影を意味します。認印・公印・私印・職印などは問いません。また、「署名」には保険証を発行した組合などの名称の記名も含むと考えられています。
有印公文書偽造罪の量刑も、公文書偽造罪と同じく1年以上10年以下の懲役です。社会的な信用度の高い公務所や公務員の印章のある公文書の偽造の罪は非常に重いと考えられているため、罰金刑はありません。 -
(3)偽造公文書行使等罪
公文書の偽造は、偽造することが目的ではなく、使うことが目的であることが一般的です。その偽造した公文書などを実際に使うと、偽造公文書行使等罪(刑法第158条)が成立します。実際に使った人が偽造をしたことや使用することを目的として作成されたことは要件ではありません。
また、偽造した保険証を携帯しているのみでも罪にはなりませんが、他人に対して提示や交付、閲覧させたりしたときに犯罪として成立することになります。また、他人をあざむくためではなく、喜ばせるために公文書を偽造したときも偽造公文書行使等罪が適用されます。
過去の最高裁の決定では、父親を喜ばせるために偽造した公立高校の卒業証書を父親に見せたことで偽造公文書行使等罪が成立しています(最決昭42・3・30刑集21巻2号447頁)。 -
(4)その他問われうる罪
① 印章偽造の罪
公文書偽造罪とともに問われうる罪として印章偽造の罪(刑法第19章)があります。ただし、公文書偽造罪が成立すればこちらに吸収されるので、これらの罪が独立して成立することはありません。御璽偽造・不正使用等の罪 天皇や国家の重要文書に押される印章を偽造・不正使用する罪。2年以上の有期懲役となる。 公印偽造・不正使用等の罪 公務所や公務員の印章を偽造・不正使用する罪。3か月以上5年以下の懲役となる。 公記号偽造・不正使用等の罪 文書以外に押される公務所の記号を偽造・不正使用する罪。3年以下の懲役となる。 私印偽造・不正使用等の罪 私人の印章を偽造・不正使用する罪。3年以下の懲役となる。
② 詐欺罪
冒頭であげたように、偽造した保険証を使って何かをだまし取ろうとした場合は、公文書偽造罪のほかに詐欺罪(刑法第246条)が成立する可能性があります。詐欺罪とは、人をあざむいて財物を交付させることをいいます。人を欺くことによって不法な利益を得たりした場合も詐欺罪に該当し、10年以下の懲役となる可能性があります。詐欺罪には罰金刑はありません。
③ 横領罪
偽造した公文書を使ってお金を着服すると横領罪(刑法第252条)に問われることもあり得ます。横領罪の刑罰は、5年以下の懲役と定められていますが、業務上横領罪(刑法第253条)の場合は、10年以下の懲役とさらに重い刑罰が規定されています。
3、公文書偽造と私文書偽造の違いは?
文書偽造罪には、「公文書偽造罪」と「私文書偽造罪」の2つの種類があります。どちらもよく耳にする言葉かもしれませんが、両者にはどのような違いがあるのでしょうか。
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(1)私文書偽造とは
私文書とは、公文書以外の文書で、権利義務や事実証明に関する文書のことです。権利義務に関する文書とは、法律上の権利・義務を発生させるほか、変更したり消滅させたりする文書のことです。たとえば、会社同士で結ぶ契約書や借用書、委任状などがこれにあたります。
一方、事実証明に関する文書とは、実社会で交渉を要する事実を証明するもので、転居届や履歴書、申込書、私立大学入試の答案などがこれにあたります。
作成した名義人の印章や署名のある私文書を有印私文書、印章や署名のない文書を無印私文書といいます。有印私文書偽造罪は3か月以上5年以下の懲役、無印私文書偽造罪は1年以下の懲役または10万円以下の罰金に処せられます。有印私文書のほうが社会的信用度は高いことから、有印私文書偽造罪のほうが罪は重くなっています。 -
(2)私文書偽造と私文書変造の違いとは
私文書偽造とよく似た罪に、私文書変造罪があります。私文書偽造は作成権限のないものが許可なく他人の印章や署名を使用して文書を作成すること、あるいは偽造した印章や署名を使用して私文書を作成することです。
一方、私文書変造は他人が作成した私文書に、権限もないのに変更を加える点に両者の違いがあります。私文書偽造罪も私文書変造罪も、3か月以上5年以下の懲役に処せられます。罰金刑はありません。 -
(3)公文書偽造と私文書偽造の違いとは
公文書偽造と私文書偽造には、大きく分けて2つの違いがあります。
① 作成名義が異なる
公文書偽造と私文書偽造の違いのひとつめは、作成名義が異なることです。公文書は役所または公務員が職務上作成するものなので、非常に信用度が高く信用を保護する必要性も高いことから、公文書偽造のほうが私文書偽造よりも重い罰則が設けられています。
② 虚偽の内容の文書を作成したときの罰則の有無が異なる
2つめの違いは、虚偽の内容の文書を作成したときに罰則があるかどうかです。役所または公務員など作成権限のある者がウソでたらめな公文書を作成したときは、作成権限のない者が作成するのと同様に罰せられます。量刑も、公文書偽造罪と同じものになっています。
一方、ウソでたらめな私文書を作成しても、私文書は公文書ほど重要性が高くないことから、原則として罰せられることはありません。
ただ、ウソでたらめな医師の診断書や死亡証明書などを作成したときは、例外的に罰せられます。診断書などは公的機関などに提出する重要文書であることから、公文書的な意味合いが強いとされるため、刑罰を科しているのです。医師が公務所に提出する診断書や死亡証明書などに虚偽の記載をしたときは、3年以下の禁固または30万円以下の罰金に処せられます。
4、公文書偽造で逮捕された場合の流れ
公文書偽造で逮捕されたときの手続きの流れは、ほかの犯罪と基本的には同じです。逮捕後72時間は家族でも面会できない状態となりますが、弁護士であれば24時間いつでも接見が可能なので、逮捕されたらできるだけ早く弁護士に相談されることをおすすめします。
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(1)公文書偽造以外の罪で逮捕されることもある
公文書偽造は手段であって、それ自体が目的となることはありません。公文書を偽造するからにはほかの目的があるので、公文書偽造罪以外の罪で逮捕されることも往々にしてあります。
たとえば、冒頭で紹介したニュースでは、偽造した保険証でスマートフォンを契約しようとした男が詐欺罪で逮捕されました。また、ある高齢者生活協同組合では労働局から奨励金を不正受給するために研修事業の通知書を偽造していたことが発覚し、有印公文書行使の罪で刑事告発されています。
公文書偽造をきっかけとしてほかの罪で逮捕された場合は、他の罪の方の量刑が重ければ、そちらの方の量刑が適用され、公文書偽造罪と他の罪の量刑が合計されるわけではありません。 -
(2)48時間以内に警察で取り調べを受ける
逮捕されると、48時間が経過するまでに警察署で取り調べを受けます。この間は家族も面会が禁止されるので、弁護士が接見に向かい、本人に受け答えのしかたについてアドバイスをします。被害者がいた場合には、この間に弁護士が被害者のもとに出向いて示談交渉を行います。
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(3)検察庁へ送致(送検)・勾留
警察での捜査が終わると、検察庁へ身柄が送られます(送検)。検察庁でも24時間以内に取り調べを受け、勾留延長の有無が決定されます。組織的な犯罪である可能性や証拠を隠滅したり破棄したりする可能性がある場合は、期限内に捜査が終わらないので検察官が勾留請求をします。複雑な事件の場合は、最大20日間勾留が延長されることも少なくありません。
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(4)起訴・不起訴の決定
検察庁での捜査が終わると、検察官が被疑者を起訴するかどうかを決定します。初犯かつ犯罪の程度が軽い場合や、起訴できるだけの証拠がそろわない場合は不起訴処分となる可能性もありますが、それ以外の場合は大抵の場合起訴されることになります。
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(5)公判・判決を受ける
起訴されると、その後、刑事裁判(公判)が開かれて判決を受けます。有印公文書偽造罪は罰金刑がないため、略式起訴されることはありません。また、起訴されると有罪判決を受ける可能性が非常に高いため、弁護士は執行猶予付きの判決を得られるよう尽力します。
5、まとめ
公文書偽造罪は、公文書の社会的信用度の高さから刑罰も重くなる傾向にあります。少しでも量刑を軽くするためには、できるだけ逮捕直後からの弁護活動が不可欠です。
ベリーベスト法律事務所 川崎オフィスでは、公文書偽造罪を犯してしまった方やそのご家族からのご相談を受け付けています。刑事事件は初動をいかに早くするかが要となりますので、できるだけ早めにご相談ください。
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